どうしてこれを書くのか

まず何よりも、私が初心に戻って振り返るため。また、当時(そしてきっと今も)前例が日本では少なかったし、当時ギャップイヤーを選択した人は周りに 1 人もいなかったため、キャリアの相談をすることできませんでした。そのためこの記事が、誰かの参考になればと思った次第です。

今は 2022 年 5 月。たった 4 年で時代は変わってしまったと肌感で思います。当時 2018 年、スーツを着て出社することが当たり前の時代だったけれど、今は(できる人は)在宅勤務が当たり前の時代。誰も話してなかったような脱炭素の話は、昨今では目新しい話ではなくなりました。例えば産業界では、米電気自動車のテスラ社はモデル 3 の量産地獄や空売り被害を受け数字的にも厳しかったけれど、今となってはトヨタの時価総額を超えるほどの会社へ成長しました。

当時私は物理の学位を取得したものの、今は web 開発を行なって生計を立てています。現職が少しずつ板につき、数年前と比べて見える景色も随分と変わりました。当時抱いていた疑問とそれに対する答えも、ある程度まとまったのでここに書き留めます。

そもそもギャップイヤーとは何か

学校を卒業してから 1 年間、自分の人生と向き合う時間をとることを指します。欧米では gap year と言葉は浸透しており、主に高校卒業あるいは大学卒業後に時間をとり、旅行をする人が多いです。例えばこちら。特に政府などが決めているものではないのでどんな方法でも良いのが特徴です。行政上の立場はフリーターとなります。ざっと振り返ってみて、私にとっては将来にむけてスキルを構築する、という方針が主軸にあったと思います。

当時のモチベーション

どうしてこの選択をしたのか、当時のモチベーションを箇条書きにしてみます。

  1. 立ち止まって考えてごらん?学校を卒業するまで、ずっと教育を受けることに専念します。それから働き始めてからの一生は定年を 60 歳とすると 40 年弱、そして老後。その間一度たりとして、働くことを世間から要求されても、「立ち止まって考えてみてごらん?」ということは誰からも言われません。人生のステージって 3 つしか用意されてないんでしょうか?

  2. 見極めてから仕事を探すべきでは?日本の新卒採用では、大学の 4 年生のうち最も重要である最後の年に就職活動を行います。卒業するとすぐに新卒として、内定をもらった会社に入社します。特徴的なのは、会社がある程度候補者のポテンシャルを見て、社員を育ててくれることです。極端な話、例えば文学を勉強してから社会人になって IT エンジニアをやることだってできるのです。これは素晴らしい制度であり、「大学や大学院の専門が職務に必要となる」といった欧米では珍しい制度です。あまりしかしそもそも理系の場合は、就職活動をするタイミングが卒業論文を書くタイミングとぶつかります。3 年生までに積み上げてきた基礎的な学問をもってして、専門家の社会的な役割である「研究成果を出す」一番初めのトライアルに 100%時間を捧げられないことになります。

    高校生を卒業するタイミングで専門家として進みたい道が決まっているなら話は別ですが、そもそも学科で学んでいること自体が自分の興味と外れていく可能性だって十分にあり得えます。

    さらに大学に行くには理系の私立大学の場合、4 年間で 600 万円ほどかかります。そんな中で、学業をしながらも就職活動をするというのは教育というサービスを「支払って受けている」理に適っていないのではないでしょうか?

    まとめ直すと、こうなります。つまり大学の 4 年間は学業に専念し、卒業してから本当にその道が自分にあっていたかを見つめ直し、それから就職活動をすべきではないでしょうか。

  3. 専門分野外で、勉強したいことや成果物として形に残したいものがあったから。 2 の見極るにあたって、まとまった時間があるからこそできるところだと思います。私の場合は例として、本の上梓やプログラミングの勉強、気候変動問題への取り組みなど

  4. ギャップイヤー終了時に経済的に独立していること。尊敬する母親からの教えです。やりたいことをやるなら、親の脛をかじらずに自立してから。

もちろんこれらは成功する保証はなかったけれども、以上の質問に答えてみたかったのです。両親にも説得をし、大学を卒業したら家から出て行け、というポリシーでしたが 1 年だけ家に留まれることに。

ではギャップイヤーが終わり社会人として丸 3 年間働いた今から見て、答え合わせをしてみましょう。

答え合わせ

1. Q. 立ち止まってごらん?

A. 立ち止まって正解でした。私の場合この 1 年は、2 の「仕事の見極め」につながるように、うまく社会人生活を過ごせるような準備期間としての色が強かったです。「うまく社会人生活」一つ定義するだけで千差万別ですが、給与、私生活とのバランス、仕事内容、会社内の文化にハマるか否か、性格との一致、俯瞰してみた時の仕事の社会的な役割、名声、キャリアの伸びしろ、市場での需要など、図る物差しには順不同で枚挙にいとまがありません。特にミレニアル世代に生まれたからなのか、「俯瞰してみた時の社会的な役割」や「世界へのインパクト」などといった大義名分に駆られやすい私にとって、立ち止まって向き合う時間があったからこそ、それ以外で自分に合うものさしを発見できたのだと思います。

その後 3 年間働いたことで得られることもたくさんありました。ギャップイヤーの経験があったからこそ、いずれまとまった時間を取ったときにもまた勝手がわかると思います。「学生」「社会人」「老後」に限らず選択があることは間違いないと自負できます。

2.Q. 見極めてから仕事を探すべきでは?

A. 半分正解で半分間違っていました。 正しかったのは物理学を生かしたキャリアを選択するのではなく、「エンジニアリング」をキャリアとして選択したことです。これは研究職などの理論物理学から一般的に進んだ人キャリアとは異なります。(理由は範囲外になるので、本記事では割愛します)

間違っていたのは、エンジニアリングという仕事を選択肢として、ある目標を叶えようとした期待値の設定でした。これは「ある問題を解決するため」に「xx をやる」という考え方によります。現実的には思っていた通りには行かなかなかったのです。具体的に「気候変動問題を解決する」ために「エンジニアとして電気自動車を作る」でしたが、職についたものの 1 年半で転職することとなりました。目指したかった方向性と仕事でこなす日々の TODO が乖離していたことが原因でした。読み飛ばしてもらっても構いませんが、一部の人には気になるかもしれないので、 1. 電動化を推し進めるべく電気自動車の開発に携わりたかったものの、当時派遣の立場だったのが理由なのか、仕事に就くには求められるのは数年をこなした技術者で、ジュニアのポジションにチャンスはありませんでした。あったのは体制が整った内燃機関関連の仕事のみでした。つまり自社製品の開発となってもリソースとして最先端を割きたい分、新卒にはチャンスは回ってこないのでしょうか。経験がなければ、若い闘志を燃やせる、ほどの環境が揃っていなかったとも言えます。2. 石油や石炭、天然ガスを回すインフラ(ガソリンスタンドやロジスティックス、企業間の付き合い)、内燃機関輸送物(車、トラックなど)を作る工場や雇用(とくに技術職)によって何十億以上という規模で経済が循環していることが理由なのかもしれません。3. 新人につくメンターなどを整えながら教育していく体制も、同じように整っていないのかもしれません。4. 工場勤務や R&D センターは郊外に位置することが多く、勤務地に居住区が縛られることによって都会での生活を犠牲にせざるを得ません。一部の自動車会社は都内に拠点もありますが、エンジニアリングに携わるとなると郊外に飛ぶ可能性が高いです。多様な人材を採用したい企業にとっては都心部にオフィスを構えたり、在宅ワークなどを徹底して誘致すべきだと思います。気候変動についてもっと柔軟に考えるきっかけになりましたが、それ以降の話は別記事で扱います。 考察 を記しておきます。

この方向性で仕事を通してかかわっていくならば、大学(そしておそらく大学院などを修了して)でまたモーターやバッテリー工学を専門に勉強しなおしたりする必要があったのかもしれません。しかし経済的独立という観点と当たってしまったので断念せざるを得ませんでした。しかし方向性は違えど、現職も「エンジニア」としてのキャリアがあるのは、この時の決断があったからだと思います。

3. 専門分野外で、勉強したいことや成果物として形に残したいものがあったから

まず物理を学修した時には、この道の専門家としての仕事には関心がない、と気づいていました。

学生時代は物理の他に英語の勉強に夢中になっており、海外から来た人との異文化交流などの時間も徐々に増え、卒業する頃にはいつの間にか英語が生活の中に溶け込んでいました。(そして今年、アメリカ人の女性と結婚してしまったまでです)

「日本人は英語が話せない」とよく言われる中で、上達するにつれて、ひとりでも多くの人が英語が話せるようにできることはないかと少しずつ考えるようになりました。「どうして英語が話せるの?」とか「英語を教えてほしい」と聞かれることが多くなったからです。こんな本があるからぜひ読んでみて、と一冊に全てを詰められてたらどうかと大学を卒業する前くらいから考え始めていました。そして 3 月の卒業からまるまる 5 ヶ月後の 8 月下旬までに原稿を書き上げ、このレベルまで至ったイロハを全て詰めた本を amazon 上で上梓しました。まだ学校を卒業したばかりでスキルは少なかったので、まずは形にすることが先決しました。(必要だったのは時間と体力のみで、Amazon では出版にお金がかからないため。)

書いたら売れて経済的に独立できる世界線だと安直に思っていましたが。けれど大間違いで、例えば本は書いてから数を売り切ることもまた苦労すると学びました。もちろん、ギャップイヤー中に行った就職活動では他の人との差別化に大きく関与しましたし、とりあえず形にすることで得られる視座があったのは間違いないですが。

また、ギャップイヤーがはじまったときから英語を教える前線に立ってみたく塾講師のアルバイトもしてみました。熱意とは別に、実際に続けれるのか、向き不向きなどを試してみたかったからです。振り返ってみれば、アルバイトの中でこの仕事は 1 番自分に合っていて、この道で進み続ける世界線も十分にあったと思います。

英語とは別ですが、学生 1 年生のときから関心があった気候変動問題にも動きがありました。4 月下旬ごろ、たまたま電気自動車の会社 Tesla の日本法人で営業職インターンのポジションに応募がかかっていたのです。これは舞い降りてきたチャンスだと思って「業種は選ばず仕事さえできれば」と熱意だけで応募しましたが、最後まで辿り着けず落ちてしまいました。

こうしていくつか挑戦していても、どれも芳しい結果がついてくるわけでもなければ、経済的独立や「うまい社会人生活」を考慮して挑戦し続けられるだけの勢いがあったわけではありませんでした。語学以外にも、結果何かしらスキルがないとやって行けないのだろうと考えました。そこで「独学プログラマー」という本を手に取ってプログラミングを学び始めつつ、wordpress などでブログを作ってみたりしました(興味関心のあったサステイナブル系のネタを扱ってみたり)。結果、ギャップイヤー後ですがサイトは自分でソースコードを書いて移行し、偶然なのかこれが前職のきっかけになったりしています。

英語の話や気候変動に対する熱、プログラミングには共通項があまりないですが、1 つだけ言えることがあります。それは将来にむけてスキルを構築する、という方針がギャップイヤーの主軸にあったからこそ、後々の人生まで読めない中で勢いよく、後先考えず思い切って試行錯誤を繰り返すことができたこと。これは学生をやった後にとるギャップイヤーの強みの一つでしょう。

1 つ受けよりですが、スキルを伸ばすにあたって大きく参考になる引用があります。Tesla のオートパイロットチームで有名な Andrej Karpathy さんの言葉です。一部の界隈では有名なエンジニアであり機械学習をアカデミック界のみならず産業界でも強く牽引しています。以下引用

How to become expert at thing: 1 iteratively take on concrete projects and accomplish them depth wise, learning “on demand” (ie don’t learn bottom up breadth wise) 2 teach/summarize everything you learn in your own words 3 only compare yourself to younger you, never to others

訳すと以下のようになります。

物事の専門家になるには 1 具体的なプロジェクトを繰り返し行い「オンデマンド」で学びながら、深さ方向に進める(つまり幅方向にボトムアップで学ばない)。 2 学んだことはすべて自分の言葉で教える/要約する。 3 自分と比較するのは若いうちだけで、決して他人と比較してはならない

上で述べた試行錯誤をしている中でメンターがいないので、こういった指針は大きく参考になります。また 3 つのステップまでやってみてから振り返ることで、ある程度の見切りをつけることにも役立つと思います。

仕事も英語と同じように技術職なので、同じ手順を踏むことでより深いスキルが身につくことでしょう。これからは技術的な話題も、このサイトで取り扱っていきたいと思います。

4. 経済的自立

これは達成されました。経済的独立を最優先順位の目標として置いておいてよかったと思います。自立なしに二の次を言うな、という考え方は適切であったし、事業をする立場でもの、サービスの経済的側面を忘れざるべからずと自分への戒めになります。テスラへの応募を除き、本格的な就職活動は本の執筆が終わってから売れ行きや自分の動機、また塾講師での仕事などを吟味してから始めました。運が良かったことに、1 ヶ月強後の 10 月末には新卒としての内定を取得しました。企業は五万とあり、必ず採用口は見つかると思います。ポテンシャル採用の素晴らしいところとして、社会人 1 年目からその業界で仕事(または教育を受けながら)することができますので、これは活用しない手はありません。

振り返ってみて、やっておいたらよかったと思ったこと

もし当時の自分と話せたら何をいうか、振り返っておきます。

  1. 業界に関係なく、github の使い方を学んでおくべきでした。さまざまな使い道があるので、今後他の記事で取り扱おうと思います。
  2. もっと技術書に頼って理論などを勉強するのではなく、作ってみて手を動かすこと。仕事でも結局インターネットでぶつ切りの情報を取って活用できるようになるまでに、体系立った基礎知識(仕事で使えるようになるまでの)を身につけなければいけませんが、これには本が 1 番良いと思います。
  3. google 検索して質問の答えを探す練習。万事ものの効率が違いますし、検索もある種のスキルとして練習しておくと良いです。
  4. 公私共に、技術やスキルなどよりも人との巡り合わせほど支配的な要素はないと、リマインドしておきたいです。
  5. 石の上に三年いても石のまま、環境を変えることは悪いことではありません。

総じて、ギャップイヤーを通してやっておいて良かったこと

  1. 特に執筆した経験。自分の言葉で噛み砕くことでより深く使える知識が身につき、公私共にいろんなものに通じる基礎訓練になったと思います。
  2. 日々思っていることを書いて整理し、向き合うこと。自分を成長の比較対象にする時に大きく役立ちます。私は日記を活用してうまくいっていること、ないことを振り返っていました。

これから

長くまで読んでいただきありがとうございました。ギャップイヤーを通して、一見世間からは必要とされないような小さな試行錯誤から、専門性の磨き方、失敗との向き合い方、自分にあったキャリアの考え方、公私双方で大切なことの発見、世間の大筋から外れることで起きた発見など、幅広く経験できたと思います。ギャップイヤーを取ることがもっと当たり前になってほしいし、他の経歴を辿った人がどのようなギャップイヤーを送るのか、ぜひともみてみたいと願ってやみません。