私たちは革命の最中に立っている。インターネット、その良さを存分に活かしていける方法はないか、そう思ってこのブログを立ち上げた。

 その海には嘘が隠れているかも知れないし、それと対照的に、包み隠さない真実も埋もれているかもしれない。その海はあまりに身近で、そして広く深く、際限なく続くのである。その果てを、1人として見切ることはできないのかもしれない。

 さて、今すぐそのスクリーンから目を離して、すぐ目の前の世界はどう見えるだろうか。

 そこには肌に刺すような冷たい風や、慣れ親しんだバスのエンジンの音、湿った雨の匂いが広がるはず。0と1が踊る世界にない、階段を降りるときに足を伝う重力、乱立する建物や広大な土地の遠近感を、感じはしないか。

 そんな中でも、ふと気がつけば手を伸ばすもの。貴方のポケットに忍ぶ”小さな”魔法は、人の本能と理性を培う脳の外側に位置しながらも、その持ち主にひっそりと最適化し続けている。それはおろか、写真や動画によって半永久的に持ち主の記憶能力を拡張し、5,000マイル離れた場所にいる人との連絡を可能にし、はたまた知識の所有者を変えつつある。その百科事典はもう頭の中でなく、その海に存在するのだ。つまり、知識の所有者を隔てた境界線は、以前より遥かにぼんやりとしている。

 人には元々、本能と理性も同時に共在する。このうちどちらかを取り除きたいと言う人は、おそらくいないだろう。今、自分の手足となった魔法を解きたいと思う人も、おそらくいないのだろう。

 そしてその逆戻りは、きっとないのだ。

 僕は、世界中の皆んなが魔法使いになったと観ている。でもみんな、その魔法の使い道を探している最中、そんな風にも見える。僕だってその1人に違いない。これを革命以外の、何と呼ぶのであろうか。

 その中で、私たちになくてはならないもの、それってなんだろう?そんな思いや考えにふけて、道草を食いたくなる。きっとこれも、なくてはならないものの1つだったりして。

どうも、最後まで読んでくれてありがとうございます。