英語は今や、我々日本語話者にとっては特に、未知の世界を見ることのできる色眼鏡となりました。その言葉一つが、見えなかった、知らなかった様々な世界を視覚化してくれます。英語は実世界のみならず、インターネットの上でも世界共通語のようです。世の中を行き来する情報の多くは英語で伝達されます。生活、ビジネス、政治、外交、教育、芸術。言葉という視点で万物を見ると、着地点はありとあらゆる現象に帰結するでしょう。

 経済大国日本で、日本語を操る人が英語を使える場合と使えない場合では、接触可能な人脈、情報、視座が大きく異なります。今や世界各地の先人の多大なる努力、功績の結果、僕たちの文明の礎は築かれたと思います。温故知新と人は言うように、これらを上手に正しく活用し、その恩恵を最大限に受けることは賢く生きる術ではないでしょうか。今を生きる人との共生、切磋琢磨し、種としての繁栄を築き上げるにも、そのもっとも基本となる「人と人の会話」は必須です。 英語と日本語は全く異なる言語です。日本語が母国語の人にとって、第二か国語として英語を習得することは簡単ではないですが、不可能では全くありません。だからこそ、中学と高校で長い間英語を勉強する人が多い日本で、英語を習得せずに終わる現状は疑問を抱かざるをえません。これは間違った学習方法を選ぶ人が多くいる結果ではないでしょうか。そう思う理由を言及するにあたって、まず英語とは何かについて話す必要があるでしょう。

会話における非常に基本的な概念に、「出力」と「入力」があります。会話とは、「話し手」と「聞き手」がいて成り立ちます。言葉は会話の手段であり、この両側を繋ぐものです。これが今回は、英語です。

 このどちらかが欠けたら、会話は成立しません。例えば、今の僕は書き手(話し手にあたる)の「出力側」で、読者の皆様は読み手(聞き手にあたる)「入力側」です。言葉は「日本語」です。読者の皆さんは日本語を操る人として、普段の会話において何気なく出力側と入力側を行ったり来たりして言葉を交わしています。これは皆さんにとって今に限った話ではなく、生まれて赤ん坊の時からずっとそうでしょう。あまり意識しないかもしれませんが、今の今までそれを長いこと繰り返した結果、今のように日本語を操れるようになったとも言えるでしょう。  ここで、その母国語の日本語を習得した仕組みを下の模式図にしてみたいと思います。これは多くの人があまり意識しないことだと思います。しかし英語という他の言語を習得するならば、道しるべとして役立つことでしょう。

 言葉の実力を形作るのは、エッセンス(予備知識、必要不可欠な要素)と、相応の努力です。大事なのは、①と②が相伴う必要があることです。エッセンスなしの努力は身になりませんが、エッセンスだけでも身になるわけではありません。この本では①エッセンスに該当するところを「それぞれの分野の伸ばし方」とまとめました。これらは読んだらすぐに皆さんが実践できるように、方法論として書き上げました。難易度、長所、短所と一緒に説明してあるの で、自分に合いそうな方法を選んで実践していただければと思います。

 あとはこれにそって努力を重ねれば実力がつくはずです。「それでは、後は読者の方の努力次第です、後は各自努力してください。」と言うのはとても簡単です。しかし、ここが一番難しいのではないかと思います。頭でわかっていても、行動が伴わなかったりするのです。この努力を重ねられるかどうかには様々な要因があります。僕は、自らの動機づけと環境が密接に関わっていると思います。

この本の特徴は、筆者が「トイレに行きたい」すら言えなかった高校二年生のときから、英語を二か国語目として習得し、この本を上梓するに至った現在十八年八月までの経緯、環境の変化を記したことにあります。まだ短い人生の中、最も変化に富んだ時期でした。

 動機も環境もとても流動的なものです。突発的に変化するわけでもなく、その変化は微々たるものです。僕がはじめにいた状況は、英語を使うような環境とはかけ離れた場所でした。しかし面白いもので、人の環境というのは日々変化していくものです。それがたとえ、日本という英語が母国語ではない国だったとしても。僕が英語を使っていくにあたって、自分を取り巻く環境も変化していったのです。

 その結果、僕の価値観、感性、美意識、知識、交友関係もはたまた取り巻く環境も変わり、自分色の個性や視座が生まれ、人生は豊かになりました。そしてこの目まぐるしく変わる時勢に、著者として、英語の必要性を少しでも、僕なりの視点から訴えられるようになりました。

 この本を通して伝えたいことは、一つに限りません。僕が大事だと思ったことも、読み手のあなたには大事でないことももちろんあるでしょう。しかし理論や体験を通して得たこの道のりに、他の人にとっても役に立つことが散りばめられていると思ったのです。例えば、留学に行かなければ、帰国子女でなければ「英語は身につかない」などと言った概念も少なからずあると思います。しかし僕はそうとは思いませんし、結果から「他の方法もある」と今では思います。

 ですから、これまでの道のりをありのままを綴ることにしました。喜びも、悔しさも、赤裸々に。そして英語が連れて行ってくれた場所はどこなのか。この道を記すことで、英語を学ぶ立場の人に、そして英語を教える立場の人に、きっかけ作りになるかもしれない、何か役に立つかもしれないと、そう思いました。 この本を手に取ってくださったあなたの人生に、英語という観点から少しでも貢献できたらと、願ってやみません。

…本編へ続く。 坊主がウェブに上手な英語の詩を書いた。